小陳の中国よもやま話―その5:“勤工俭学


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勤工俭学

  由于历史的原因,1950年代至1980年代中期的中国,尚未有私立性质的大学出现,所有的大专院校基本都隶属于国家及各地方省市的教育部门,由国家财政拨款,即所谓的“公办大学”。因此,在校大学生的学费负担比较低。只要有足够的生活费,上大学,基本上不需太担心经济方面的因素。
  然而,随着上世纪70年代末改革开放的深入,中国社会逐渐出现了经济条件领先大多数家庭的富裕阶层。至90年代初时,公办大学已开始招收没有财政补助的“自费生”。此外,相对于高考分数要求较高的“公办大学”而言,以民营资本为主要支撑的“民办大学”也应运而生,这类院校的就读学生的学费负担也相对较高。
  与此同时,同样开始于80年代末90年代初的通货膨胀,使得在校学生的生活费用也明显上涨。家庭之间的贫富差距日渐拉开,来自经济欠 发达地区的农村学生或因国有企业改革而导致父母下岗的城市学生,逐渐无法完全依靠家庭的供给来顺利完成学业。在这样的大环境之下,部分学生开始趁课余时间走出校门,以担任家庭教师等形式挣钱贴补学校费用,“勤工俭学”,重新走入校园。
  发展到上个世纪末年,也就是1999年时,国家又施行了大手笔的教育改革,决定以扩大招生规模、即“扩招”的形式来满足社会与民众对高等教育的进一步需求。伴之而来的是公费生与自费生的学费一体化的“并轨制”。相对于出自低收入家庭的学生而言,实际负担要远超90年代前中期的学生,有少部分学生甚至接到了大学录取通知书却又最终无奈放弃的。针对这种现象,中国的大学也开始导入类似于日本“貸与式奨学金”的“助学贷款”制度,以帮助经济困难的学生顺利入学。然而,即便有种种优惠政策,由于基数庞大,这些政策仍然是属于杯水车薪。许多困难家庭的学生还是必须得加入勤工俭学的大军。
  所谓的勤工俭学,起初是指1919年五四运动前后前往法国的中国留学生的境遇而言的。这些学生在赴法之后,一边在当地的工厂勤恳劳动,一边在学校俭约苦读。后来,就将这种且读且劳动的形式称为“勤工俭学”。不过,在现在的日常生活中,大家也经常使用来自香港的“打工”一词。虽然“打工”的所指范围很广,但就在校学生而言,基本就是指“勤工俭学”。
当年赴法留学,边劳动边学习的“勤工俭学”留学生中有许多都成长为了国家的栋梁之材。其中,最著名的就是引领中国走向富裕发展之路的伟人邓小平。在现今的事业成功人士之中,大学就读期间就参加劳动的人更是人数不菲。也许,大学时代有过“打工”经历的人,可以更早体会到父母的艰辛与立足社会的个中甘苦,因而其韧性与人性也都获得较大锻炼的缘故吧。正所谓“千金难买少年苦”者是也。

 1950年代〜1980年代中頃までの中国には,国家教育部を筆頭とする各自治体教育部門所属の国公立大学しか存在せず,大学生の学費の自己負担率は極めて低く,生活費さえあれば,ほとんど経済面の心配をせずに大学に通えたといいます。
 ところが,1978年からの改革開放後,富裕層が形成されることによって,“民办大学 mínbàn dàxué”(私立大学)の誕生や国公立大学の“自费生 zìfèishēng”(行政からの学費の補助が無く,学費全額を自己負担する学生)制度の導入が徐々に見られるようになりました。大学生の間でも家庭の貧富の差が目立つようになってきたのです。
 1990年代以降は,国全体のインフレに伴う生活費の高騰や学費の自己負担率増加によって,親の収入ではそれらを賄えなくなる学生が続出し,農村部や親が“下岗 xiàgǎng”(リストラされる)した都市部の貧困層出身の学生の中には,家庭教師などを通じて“勤工俭学qín gōng jiǎn xué”(アルバイトをしながら勉学する)せざるをえない者が増え始めました。
 特に高等教育に対するニーズの高まりに応えるため,1999年から大学の募集定員を増やす“扩招 kuòzhāo”政策の前後から,学費の国負担と自己負担を一本化するという“并轨制 bìngguǐzhì”が施行され,低所得家庭出身者にとっては,大学に合格しても行けないという悲しい現実が待ち受けていたのです。そうした現状を受け,日本の貸与式奨学金に当たる“助学贷款 zhùxué dàikuǎn”制度が導入されましたが,受給者数が限られており,家庭が裕福でない学生の多くはやはり“勤工俭学”を余儀なくされています。
 この“勤工俭学”とは,そもそも五四運動が起こった1919年以降,フランスに赴き,現地の工場などで働きながら,学校に通い,技術や知識を習得する中国人留学生の苦学ぶりを表現したものですが,その後,全ての苦学生のことを指すようになりました。現在学生の間では,くだけた言い方として,1980年代に香港から入ってきた“打工 dǎgōng”という言葉のほうが主流になっていますが,フランスでの“勤工俭学”を経験した者に周恩来や鄧小平のような偉人がいたと思えば,大学時代の“打工 ”も一人前の社会人になるための一環と考えて辛抱できるのかもしれません。

日本語文の出典:「中国語よ~いドン!」紅粉芳惠・陳贇(同学社)を改編
音声吹き込み:薄培林(関西大学・非常勤講師)

※本コンテンツの一部は、科研費・基盤研究 (C) 課題番号:25370665「中国語教育におけるワンコンテンツ・マルチユースに基づく実践的教材共有のモデル化」の助成を受けたものです。

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陈赟

陈赟関西大学東西学術研究所非常勤研究員

投稿者プロフィール

浙江省出身。1974年10月1日生まれ。日本語学習歴22年。厦門大学で日本語を専攻し、関西大学に留学。関西大学大学院文学研究科(国文学専攻)博士課程修了。博士(文学)。関西大学東西学術研究所非常勤研究員。インタビュー動画『采访中国人』に出演。

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