第36回 元首たちの古典教養その19――谁言寸草心,报得三春晖

温家宝は母校の北京地質学院で講演をしました。講演では、地質学の研究に没頭した自身の学生時代をふり返り、結核にかかって部屋を隔離されながらも勉強を続けたことを紹介しました。そして、この様な苦労が自分を精神的に鍛え上げたのだと学生に語りました。温家宝はこの講演の最後を次の様に締め括っています。

  母校培养了我,我铭刻在心,时常牢记。‘谁言寸草心,报得三春晖’我要用我自己工作的成绩来报答母校,决不辜负母校对我的期望,让母校永远记得他是一个优秀的学生。
 
 母校が私を育てました。私はこのことを深く心に刻み、忘れたことはありません。「小さな草の我が心、春の日差しに恩返しなどと誰が言えようか」です。私は自分の仕事の成果で母校に報いたいと思います。それは決して母校の私に対する期待を裏切るものではなく、母校に一人の優秀な学生として永くその記憶にとどめてもらえることでしょう。

 温家宝が引いた「谁言寸草心,报得三春晖」ですが、この言葉は唐の孟郊の「游子吟」詩に由来しています。詩を見てみましょう。

 慈母手中线,   慈母の手には裁縫の糸
 游子身上衣。   旅立つ息子が着る衣服
 临行密密缝,   旅立ちを前にしっかりと縫う
 意恐迟迟归。   気がかりはぐずぐず帰ってこないこと
 谁言寸草心,   小さな草の我が心
 报得三春晖。   春の日差しに恩返しなどと誰が言えようか

 母親の深い愛情とそれに対する感謝を描いた詩です。孟郊は唐の人で、50才近くになってようやく科挙に合格し、任官されると任地に母を呼び寄せました。その際に作ったのがこの詩だといわれています。
 詩の前半は、旅先で息子の服がほつれぬようにと、針仕事をする母親が描かれています。童謡「かあさんの歌」の世界ですね。旅の準備を手伝いつつも、なかなか帰ってこないのではと心配する姿からは母親の息子への情を読み取れます。最後の二句「谁言寸草心,报得三春晖」は、芽を出したばかりの若草が春の日差しの恵みに感謝してもしきれないように、母親から受けた愛情は返すことができないほど深いという意味です。
 この詩から「谁言寸草心,报得三春晖」は今でも母の深い愛情を表す際によく引かれます。さらに応用として、母校や母国などから受けた恩恵への感謝を表す場合にも使われます。この言葉は短く「寸草春晖」とだけ言うこともあります。
 温家宝は、学問はもちろん、精神を鍛える場となった母校に対し、その恩は返すことが出来ないほど大きいと言っていたのでした。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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