第11回 日本語の中の中国語その5―数奇―|現代に生きる中国古典

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 台湾の映画監督である侯孝賢の最新作「刺客聶隠娘(邦題「黒衣の刺客」)」が間もなく日本で封切られます。「悲情城市」の侯孝賢がメガホンを取るほか、古典小説「聶隠娘」がモデルとあって、公開が楽しみです。先日、この映画の紹介を見ると「数奇な運命に翻弄される女刺客を描く」とありました。「数奇な運命」という言葉は、映画や小説、ドキュメンタリーなどのあおり文句としてよく使われています。 

 この「数奇な運命」の「数奇」は、『大辞林』によると、①「ふしあわせ、不運。また、そのさま。さっき。」②「運命がさまざまに変化すること。また波乱に満ちているさま」という意味です。あおり文句では、①の「不運」に限定せず、②の意味で使われていることが多いように感じます。

 「数奇」は、『史記』の「李将軍伝」に由来する言葉です。「李将軍伝」は、「一念岩をも通す」など多くのことわざの由来としても知られていて、最近では、李将軍伝の賛にある言葉「桃李不言、下自成蹊(桃やスモモはものを言わないが、そのもとには自然と道ができる)」が、俳優の松坂桃李さんの名前の由来として紹介されています。

 李将軍伝こと李広は、たたき上げの軍人で弓の名手でした。戦争に強く、数々の手柄を立てますが、軍功がなかなか認められませんでした。時には、罪に問われて庶民に落とされたことすらあったほどです。転戦すること数十年、ある日、李広の所属する部隊は、匈奴の王である単于の居場所をキャッチします。李広は、単于と戦いたいと大将軍の衛青に志願しました。ところが、衛青は主君の武帝から以下のような命令を密かに受けていたのです。

李广老数奇。毋令当单于。恐不得所欲。
李広は年を取り、つきがない。単于と戦わせてはならん。おそらく思うような結果は得られないだろう。

 衛青は、武帝の命に従い、李広を遠回りのルートをとる別働隊に回します。その結果、李広は、道案内をなくす不運もあり、単于との戦いに遅れ、漢の軍隊は単于を取り逃がしてしまったのです。李広は、作戦失敗の罪が部下にまで及ばないよう、自分一人の責任であると報告した後、すべては天命だと悟り、自害して果てます。

 さて、「数奇(shùjī)」は、「李将軍伝」でも使われたように「不幸な」、「不遇」という意味ですが、現代語中国語ではあまり使わないようです。ハンディな中日辞典では『中日大辞典』が文言で使う言葉として取り上げていますが、管見の及ぶ限り、他の辞書では「数奇」の項目は見当たりません。中国語の辞書でも『現代漢語詞典』は取り上げず、『漢語大詞典』、『辞海』といった大型辞書に収録されています。

 日本語でも本来は、「不幸」の意味で使われていたのが、いつの間にか「運命がさまざまに変化すること」という独自の意味を持つようになったようです。本国であまり使われなくなり、日本で独自の意味が派生したこの言葉も「数奇な運命」を辿っています。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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