第3回「上海に来て1年。いろいろと思うこと」――日本人家族のとある日常in上海

 今回のテーマは『上海に来て1年。いろいろと思うこと』です。

 3月末で私たち家族が上海に来てから丸一年が経ちました。
 そしてつい先日、17歳の長男が日本で1年間過ごした高校で同級生だった友達が、上海に遊びに来てくれました。ちょうど一年前のほぼ同じ時期に上海にやって来た私たちにとって、今回初めて中国を訪問する息子の友人を接待することで、私たちの忘れかけていた『初心』を思い出し、また自分たちのこの1年間での中国文化への順応を改めて認識する良い機会になりました。

上海2泊3日の日程作り

 今回、息子の友達が上海に滞在したのは2泊。来る前から家族みんなで「どこに連れて行ってあげようか」「どのレストランに連れていこうか」など話し合いました。ある日の会話。

 私「じゃあうちらが上海に来て食べたもので一番美味しかったものを考えていこ」
 長男「小籠包かなぁ。あ!火鍋?チャーハン。それかこの前食べた芽台路の春巻きか餃子」
 長女「でもチャーハンとか春巻きとかって日本でも食べれるよね」
 私「いや、そこは一旦置いといて、とにかく美味しいと思ったもの挙げていこう」
 次男「大勝軒」
 私「日本食屋でも別にいいけれど、確実に連れて行く場所にはならないよね」
 長男「じゃぁ鼎泰豊とか?」
 長女「鼎泰豊って日本にもあるんでしょ?」
 私「あ、でも日本の鼎泰豊と上海のとは味が違うかも」
 長男「思い出した。東北人と蘭州ラーメンがこっち来てうまいと思った」
 次女「あさマック」

 こんな会話を毎日のようにしていました。食事以外にも、観光スポットに関しても候補を挙げて、「豫園は行っておいた方が良いだろう」「上海タワーは登っても天気が良くて空気が綺麗な日でないと景色が見えないらしい」などなど、自分たちの勝手な価値観と人から聞いた体験談などをもとにプランを考えました。

 もちろん、息子の友達の希望も確認しながら。しかしながらその子にとって今回上海に来る一番の目的は、上海にいる友達に会いに来ることであって、結局は「どこでもいい。卵とピーナッツとそばはアレルギーがあるから食べられないのと、あとは辛いものはちょっと苦手」という最低限のリクエストにおさまりました。

 これまでも何度か、自分の両親も含め、知り合いが上海に遊びにくてくれることがありましたが、だいたい毎回同じような感じになります。
 「上海だから上海蟹を食べておこうか」「旅行に行ったら現地の博物館に一つは行くようにしている」といったような漠然とした構想はありながらも、最終的には「おまかせ」になることがほとんどです。
 ここが個人で企画して旅行するのと、すでに誰かがその地にいて遊びに行くのとの大きな違いなような気がします。
 もうすでにその場で生活している知人のところに遊びに行くとなれば、現地をよく知るその人におまかせするのが一番よいと思うのは自然と言えば自然かもしれません。

 しかしこれが実は結構難しい。なぜなら自分たちも地元をそこまで知っているわけでもなく、中国語が喋れるわけでもなく、任せられる私たちが限りなく頼りがいのないガイドなわけです。

 とは言え今回は息子の友人であり、誰よりもその子のことをよく知っている息子が連れて行ってあげたいと思う場所に行ってあげるのが一番ではないか、と息子に伝えました。

上海初日、そして中国料理
 息子の友達の上海到着日、息子が一番下の娘と一緒に空港に迎えに行き、その帰りに3人で地元の飲食店でランチをするという予定を息子が立てていました。その後いったん荷物を置きに家に帰り、夕食で行く予定でいた中山公園の『南京大牌档』というレストランで、学校帰りの自分と仕事を終えた夫とみんなで待ち合わせをしました。ちなみにこの『南京大牌档』というレストランですが、南京発祥で現在中国国内に24店舗ほどあるチェーン店で、特に店内の装飾が特徴的で、味も定評があり、平日祭日を問わず行列ができる評判のお店です。

 今回上海に来てくれた子は、日本にいた時にもうちに泊まりに来たことがあったり、去年日本から上海に出発する日もわざわざ空港まで息子を見送りに来てくれたりして、自分も面識がありました。自分も一年ぶりにその子と再会し、「全然変わってないね〜」「中国どう?」なんて会話をかわしながらお店に入りました。

 ちょっと個室っぽい席に案内され、早速メニューを開いてどれにしようか、と色々自分がメニューの説明を始めると、なんとなくその子が消極的になっていくような印象を受けました。
 『ん?。。。これはもしや、すでに拒否反応か??』と思い、息子にお昼どこに連れていったのか、何を食べたのか、何時頃食べたのかなどなど質問してみました。
 ローカルの牛肉麺屋さんでチャーハンと麺を食べてから、ちょっと足りなかったので別のローカル店でチャーハンと春巻きを食べたと。2時ごろ最後の店を出たので、正直そんなにお腹が空いていないとのことでした。
 そして「あ、コータ香菜ダメだって」と。思わず、それかぁと納得しました。

 中国到着しょっぱなに『超オススメ』と言って連れて行かれたお店で、事前に渡した苦手リストにすら入れていなかった、考えもすらしていなかった自分の好きじゃない食材が出てきたことで、おそらくこちらの食に対して警戒心を抱かせてしまったのだろうと思います。

 「よし、じゃあ香菜が入っていないやつね。あとはなんだ?お昼のラーメンちょっと匂ったでしょう。きっとあれはクーミンシードだと思う。たぶんあれも苦でだろうね。あとは辛いのがダメなんだよね。あとはなんだ…。おそらくなにがダメかがわからないだろうから、とりあえず頼んだのを見て、匂いかいでみて食べれそうだったら食べて、無理だったら食べなくていいから。冒険しなくていいから。残しても全然いいから」と伝えると、「あ、ハイ…。」と少し気が楽になったようでした。

 すっかり忘れていました。香菜も苦手な人が多い食材の一つですよね。蘭州ラーメンにも入っているスパイスで羊料理によく使われるクーミンシードも、日本ではあまり日常的に使われない香料ですよね。なんだかこちらに来てからそういうことにすっかり疎くなってしまっていたことに改めて気づかされました。

 極力日本でも馴染みのあるメニューを頼もうと思い、それでもやっぱり少しは本場らしいものも体験させてあげたいなぁという気持ちもあって、春巻きやシンプルな拌面、餃子、鶏肉料理、あとはもち米と豚の角煮を一緒に蒸したようなお料理など、比較的香辛料の入っていないようなメニューを中心に注文しました。

写真左上から『老牌阳春面』『状元大春巻』『江米扣肉』

写真左上から『老牌阳春面』『状元大春巻』『江米扣肉』

『王府泡椒鸡』骨つき鶏肉を三杯酢漬で味付けしたような感じ

『王府泡椒鸡』骨つき鶏肉を三杯酢漬で味付けしたような感じ

『虾籽拌面』

『虾籽拌面』

 結果、息子の友達が好んで食べられたものは餃子と汁に入ったシンプルな醤油そばでした。春巻きがお勧めだったのですが、卵が入っていたのでこれはアレルギーの観点からアウトでした。角煮ともち米のお料理も、八角の匂いがちょっと無理のようでした。

 ん〜、、、。実はここのお店、自分が上海に来て間もない頃に、上海で初めてお友達になった日本語の喋れる現地のママに連れてきてもらったのが初めてでした。その時に自分もお店のメニューを見て、まず何が書いてあるのかわからない。そして、食べられるものがなさそう…、と思ったのを覚えています。

 やはり、日本の中華料理には使われていないような香辛料が随所に使われている本場の中国料理はあまり口に合わなかったようで、お腹いっぱい食べさせてあげられなかったことになんだか申し訳ない気持ちになりました。
 帰りに寄ったコンビニで「なんでも食べたいものあったら持っていな!」と言って、オレンジジュースなどを買ってこの日は家に帰りました。

上海二日目、市内観光と在上海日本食
 次の日は自分は1日学校だったので、主人が休みを取り一日市内観光に同行しました。豫園と浦東の上海タワーあたりを周り、前日の食事のことも十分考慮して、お昼は上海にも数店舗出店している日本のラーメン店『一風堂』に主人が連れて行ってあげました。

 本当はこの日の夜もどっぷり中華料理を考えていたのですが、予定を変更し日本のしゃぶしゃぶに似ている火鍋に行くことにしました。

 ピーナッツアレルギーのある方は、ゴマだれによくピーナッツが入っていることを気をつける必要がありますね。今回行ったお店はゴマ醬とピーナッツ醬が別々になっていて、おそらく混ざっているようではなかったので一安心。麺も卵麺ではなく小麦だけで作られている麺だったので、こちらもセーフ。
 頼んだ野菜やお肉の中から食べたいものだけ選んで鍋に入れるように伝え、息子とお友達と一番下の娘で一つの鍋をシェアしながら楽しそうに食べていました。
 夕食後、息子と息子の友人は外灘の夜景を見に行くと言って、電車で南京東路の方へ向かいました。

 1日市内観光して歩き疲れていたようで、夜景を見に行くかどうかちょっと悩んでいましたが、「日本に帰ったあとに後悔したくないから行きます!」と言って出かけて行きました。

外灘から見た浦東の夜景

外灘から見た浦東の夜景

上海最終日、若者はやっぱり洋食が一番(笑)
 最終日、どうにか「上海のご飯おいしかった!」と言ってもらえるようにと、気合を入れて前日火鍋屋さんから帰宅するなり夜な夜な大衆店評と睨めっこしながら、最終日ブランチに連れて行くお店を探しました。もうこの際、中国の経験もなにも横に置いて、とにかく好きなものを食べさせてあげようと決めて、洋食のお店に連れ行くことにしました。

 古北という上海の日本人街と呼ばれている地区にある『Beer Plus』というお店。バーなのですが、朝は朝食のセットがあったりして、ちょっと日本のプロントのような感じでしょうか。

 メニューも英語で、なんとも中国にいるということを感じさせない店の内装とメニュー。自分も何度か行ったことがあるのですが、お店で西洋人のお客さんをよく見かけます。この日もお昼前から店内で外国人らしき方がビールを飲んでいました。

ポップコーンチキン、サラダ、ナチョスといったアメリカンなメニューが多い

ポップコーンチキン、サラダ、ナチョスといったアメリカンなメニューが多い

 息子の友人が上海に来て三日目。最終日に行ったこの洋食レストランで、やっと彼がモリモリごはんを食べる姿を見ることができました(笑)
 このあと、息子と次男と一番下の娘とで空港までタクシーでお見送りに行きました。最後もう一度タピオカミルクティーを飲ませてあげようと思っていたのに、すっかり忘れてしまいました。タピオカミルクティー、日本はとても高いようですね。

「見ないと分からないことはあるね」
 息子のお友達が午後1時半の飛行機で虹橋空港から日本に帰国しました。夜、彼のお母様から無事家に到着したとの連絡をいただき、ホッと一息。
 そのメールの中にこんなことが書かれていました。

 以下、息子のお友達のお母様からいただいたメール


こんばんは、
○○が大変お世話になりました。

無事、帰国しました。
東山家の皆さんに温かく迎えて頂いて、ありがとうございます。
ハナちゃん( 一番下の娘)との再会は○○も嬉しかったと思います。
下に兄弟のいない○○はお兄さん気分を味わえて嬉しいようですよ。
東山、父にやっと会えたよ(^^)と喜んでおりました。
ご主人によろしくお伝えくださいませ。

上海に行って良かったと…。
見ないと分からないことは、あるね。
感じることも大事だねと申しておりました。

沢山のお土産をありがとうございました。

可愛い子には旅をさせよ!ですね。
これからの彼に良い刺激になったこと思います。

ありがとうございました。

 このメールをいただいて、この連載のテーマである『百聞は一見に如かず』を思い出しました。帰り際、空港の荷物検査のところで彼が息子に「やっと中国慣れたかと思ったら帰るのか、って感じだよ」と言ったそうです。

 今回3日間という短い時間の中で、できる限り現地の空気を吸って欲しいと思いました。『現地の空気を吸う』というのは、現地目線で現地の生活を感じるという意味。
 なぜ自分がこんな言い方をするかというと、上海の街ではよく白いマスクをした日本人をよく見かけます。自分が上海に来たばかりの頃、それがどうしても目について仕方がありませんでした。だんだんと白いマスクが日本人の象徴のように見えてきて、まるで『こんな汚い空気吸ってられない』とでも言っているかのようにすら思えてきてしまって。実際はそんな風には思っていないのかもしれませんが。

 かたや、現地のほとんどの人たちはマスクなど一切つけずに普通に生活しています。自分はどうしてもマスクをつけることが、中国現地の方達に対して失礼な気がしてなりません。なので自分は上海に来て早々決めたんです。中国ではマスクはつけないと。 もちろん子供達にもつけさせません。風邪を引いた時や何か理由があるときは別ですが、PM2.5の数値が高いとかなんとかといった理由では、うちはマスクはつけません。幸運なことに、我が家はみな喘息やアレルギー持ちではないので、マスクがなくても日本にいた時と全く同じ生活ができています。

 ちなみに、今回息子の友人が上海滞在中、Baiduのホームページで天気予報と一緒に表示されるPM2.5の数値が『良』もしくは『軽度汚染』で、そこまで空気が綺麗だったというわけではありませんでした。というよりも、平均と比べ若干悪い方でした。それでも息子の友人は「思っていたよりも全然中国の空気がキレイ」と驚いた様子でした。

 もとい、今回息子の友人には、中国、上海という場所をできる限り現地の視点から見て感じて欲しいと思いました。初日のローカル料理、パクチーにやられ香辛料恐怖症を発症しかけ、二日目の一風堂ラーメンと火鍋で中国の食に対するイメージを回復し、三日目最終日にはアメリカンフードを通して上海のインターナショナルな一面を垣間見ることができたのではないかと信じております(笑)。

『感じることが大事』
 見ないとわからない。今はテレビやインターネットの動画や写真を通して、世界のありとあらゆるものをいつでもどこででも見ることができます。『百聞は一見に如かず』。このことわざが作られた時にはきっと写真もビデオもなかっただろうと思います。今の人々はスマートフォンというカメラと映像機器を常に持ち歩いています。そして個人がどこででも自由に映像や画像を発信・受信することができる時代です。

 見ることは聞くことよりも説得力があるかもしれません。しかし見えることが全てでしょうか。私たちがテレビやインターネットで見るものは、それらを映したカメラのファインダーが見たもののみです。またそこには撮影者や発信者の意図や解釈が付加されています。今は映像加工技術もとても発達していて、撮った自分の写真の目を大きくしたり、ごはんを美味しそうに見せたりすることが本当に手軽にできる時代です。同じ『見る』という行為であっても、実際に自分の目で見るのと写真や動画で見るのとでは、見えるものも見える範囲も違うと思います。見ることでさえ「本当かなぁ」と問う姿勢が、今の時代重要なのかもしれません。

 要するに、実際に見て感じてみないとわからないものがそこにはあるんですよね。

上海に来てからの一年を振り返って
 今回の息子の友人の訪問は色々な面で、自分たちが中国に来てからのこの1年を振り返る良い機会になりました。この1年間でいつの間にか当たり前になってしまっていた日常に再び目を向けて、2年目以降の上海生活、なんとなくではなく、しっかりと、中国の人々、中国の文化への理解を深める姿勢で挑んでいこうと気持ちを新たにしました。
 また今回、一年前上海に来たばかりの頃の自分たちを思い出し、自分たちがしっかり中国の文化に順応してきていることを改めて実感するきっかけにもなりました。新しい環境に慣れることは、生活していく上での安心感、安定感につながる重要なステップです。しかし、同時に『慣れ』は物事に対する新鮮味が失われる要因でもあります。中国に来て一年、こちらの生活に慣れてきた今こそ、初心に戻って改めて中国文化と日本文化を見直していきたいと思います。

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東山志帆上海交通大学外国語学院博士課程

投稿者プロフィール

 現在、上海交通大学外国語学院博士課程に在籍。研究分野は多文化的アイデンティティー、異文化への順応、教育機関における多文化的アイデンティティーを持つ児童生徒学生たちの脆弱性、異文化理解教育、教員教育、日中間の更なる相互理解など。2018年4月に夫の転勤に伴い、17歳、15歳、13歳、7歳の子供たちと共に上海に移住。中国に来る以前にカナダでの育児経験もあり、著者自身学生時代をカナダで過ごす。日本在住中は塾や公立中学校の英語科非常勤講師としてこれまで約15年間にわたり教育に携わってきた。日本社会、特に教育機関における帰国子女や今後日本でさらに増えるであろう海外からの留学生や移民の子供たちに対する更なる理解やサポートの充実化、日中の相互理解に向けた取り組みや双方の留学生交流の促進などが現在の主な研究テーマ。

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