第17回 枕を高くする|現代に生きる中国古典

先日、友人と話している時のこと、「枕を高くする」という言葉があるが、どうして「安心する」と言う意味になるのだろうか、枕が高ければ、かえって寝づらいだろう、と話題になりました。

「枕を高くする」は、「何の不安もなしに寝る。安心して寝る。転じて、安心する。」(『大辞林』より)という意味です。この言葉は、『楚辞』、『戦国策』、『史記』などの書物に見えることから、戦国時代から前漢にはすでに使われていたと分かりますが、この言葉の由来となった故事を特定することはできません。そこで、今回は、この言葉が使われた有名な話を紹介することにしたいと思います。

戦国時代、秦、楚、斉、燕、趙、魏、韓の七国は、己こそが覇者たらんと、しのぎを削っていました。しかし、秦が次第に国力を増し、他の六国は秦に脅かされるようになります。縦横家の蘇秦は、秦を除く六国に同盟を結ばせ、協力することで秦に対抗しようとします。これを「合従」といいます。秦の大臣であった張儀は、秦と六国がそれぞれ単独で同盟を結ぶことで、六国の同盟を解体し、秦の優位を回復しようとします。これを「連衡」といいます。張儀は、連衡を実現するため、各国におもむき王を説得して回ります。

張儀は、魏を合従から切り崩すために、魏王に周辺国の韓や楚と同盟を結ぶよりも、秦と結んだ方が魏にとって利益があることを説き、その後で、

為大王計,莫如事秦。事秦則楚、韓必不敢動。無楚、韓之患,則大王高枕而臥,國必無憂矣。
王の利害をはかりますに、秦に仕えるにこしたことはありません。秦に仕えれば、楚や韓はきっと動かないでしょう。楚と韓の憂いがなくなれば、大王は枕を高くして眠り、お国に心配ごとはなくなるでしょう。

と、秦と同盟を結べば、他国から侵略される心配がなくなり、王も枕を高くして安心できると説得しています。これにより魏王の説得に見事成功し、魏は合従から離れます。「国の心配ごとがなくなる」と合わせて使われていることからも、「枕を高くする」が「安心する」という意味で使われていたと分かります。

それにしても、枕を高くするとどうして安心できるのでしょうか。枕が高くなると、首が急な角度で曲がり、寝づらく、場合によっては、頭痛、肩こりなどを引き起こしてしまい、とても安眠できません。疲れてしまい、安心などできなさそうに思います。これは、筆者も明確な根拠を示すことができないのですが、『大漢和辞典』によれば、枕が高いと、頭の位置が高くなって頭に血が上らなくなり、頭が冷えるので眠りやすいとのことです。

旅行先でいつもと違う枕になると眠りにくいので、家から枕を持って行く人がいます。しっかり眠れると、次の日の活力がまったく違うので、この気持ちはよく分かります。中国でも、睡眠と健康の関係に注目していたようで、家のどの位置に寝台を置くといいかが風水などで細かく定められ、寝台の神様までいたそうです。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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