第15回 日本語の中の中国語その6―――手に汗を握る|現代に生きる中国古典

 手に汗握る熱戦!スポーツの見出しなどでよく見る言葉です。この「手に汗を握る」という言葉が、使われる場面を調べてみると、やはり野球の好ゲームなどスポーツと結びつけられて使われることが多いようです。この他には、少数ですが、嘘がばれたとき、パソコンが壊れたときなどの用例もありました。
実際に人間の体は、興奮するなどして交感神経の緊張が増すと手に汗がにじむそうです。「手に汗を握る」は本来、生理的な反応ですが、「危険な場所や緊迫した場面を見てはらはらするさま」(『大辞林』)と言う意味を持ちます。スポーツの緊迫した場面を形容する際に使われることが多いようですが、嘘がばれたり、パソコンが壊れたりなど、危険な状況からくる緊張を指すのであれば、広く使えるようです。
この「手に汗を握る」という言葉は、フビライ・ハンの家臣である趙璧という人物の故事に由来しています。趙璧は、政治と軍事の両面で活躍しフビライを支えた人物です。フビライには、モンケという兄がいました。そして、このモンケがモンゴル帝国の第四代皇帝になったのです。

  宪宗即位,召璧问曰「天下何如而治」。对曰「请先诛近侍之尤不善者」。宪宗不悦。璧退,世祖曰:「秀才,汝浑身是胆耶。吾亦为汝握两手汗也。」
  憲宗(モンケ・ハン)が即位すると、趙璧を召し出し下問しました「天下はどうすれば治まるのか」。趙璧が「まず初めに、陛下のお側に使える者のなかで、特に良くない者を誅殺してください」と答えると、憲宗は面白くなさそうであった。趙璧が退出すると、世祖(後のフビライ・ハン)が言いました「秀才どの(趙璧)、あなたは全身すべてが肝っ玉なのですか。あなたのお陰で私も両手の汗を握りましたよ」。
 (『元史』「趙璧伝」より)

 後に兄モンケの後を継いで五代目皇帝になるフビライですが、この時はまだ兄を支える大臣です。モンケは、英邁な皇帝でしたが、自分に敵対する者は親族であろうと容赦なく粛正するという苛烈な一面を備えていました。そんなモンケに対して、趙璧は、皇帝のお気に入りであろう取り巻きを殺すように進言したのですから、大胆にも程があります。もしモンケの怒りを買えば、趙璧が殺されるかもしれない。趙璧の剛胆さに、フビライが肝を冷やしたのも無理はありません。まさに、手に汗を握る、危機的状況、緊迫の瞬間です。

 中国語で「手に汗を握る」は、「握两手汗」、「捏两手汗」、「捏着把汗」、「捏两把汗」、「拈一把汗」、「捏把汗」、「握着一把汗」などの言い方があり、日本語と同じく「驚きのあまり手から汗が出る。緊張、心配」を意味します。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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