第5回 日本語の中の中国古典その2― 紅一点 ―|現代に生きる中国古典

 先日、近所の郵便局へ手紙を出しに行った。郵便局には郵便と預金の窓口があり、それぞれに担当職員が座っている。そして、窓口の隣に20センチ四方のホワイトボードがあり、そこに、ポップな文字で担当職員の名前とコメントが書いてあった。コメントは、「いつも元気に笑顔で対応します」などであった。

 この局員のコメントの一つに「本郵便局の黒一点 局長○○」と書いたボードがあった。「黒一点」が、「紅一点」をもじった造語であることはすぐに推測できよう。「紅一点」とは、『明鏡』国語辞典によると、①「多くの平凡なもののなかに一つだけすぐれたものが存在すること。また、そのもの。」②「多くの男性の中に一人だけ女性がいること。また、その女性」という意味である。「黒一点」は、②の意味を応用し、「唯一の男性職員」という意味を持たせているのであろう。実際に、郵便局の男性職員はその職員一人であった。

 さて、「紅一点」という言葉は、「詠石榴詩」に由来するといわれる。この詩は王安石の作とする辞書もあるが、この説には懐疑的な意見が多い。以下、「詠石榴詩」を紹介しよう。なお、この詩は、引用した二句のみが伝わり、前後の部分は不明である。

 万绿丛中红一点,动人春色不须多。
(一面の緑なす草むらに一つだけ赤いザクロの花が咲いている。人を感動させる春の景色は多ければよいというわけではない。)
 
 草むらの中に咲くザクロの花。一面の緑の中に、一輪だけ咲く鮮烈なザクロの赤がひときわ目を引く。緑と赤という色の対比の鮮やかさ、そして、この風景を眼前にした詠み人の感動は、千年以上の時を隔てた我々にも容易に想像できよう。

 新緑と花の赤との対比がおりなす春の景色は、中国文学の世界では一つの典型となっている表現でもある。そして、緑と赤の対比は、現代中国語にもしばしば取り入れられる。例えば、「砌红推绿(春の花や木が繁る風景)」、「绿肥红瘦(緑の葉は大きく青々とし、赤い花は小さくても美しい」、「愁红怨绿(風雨により無残に損なわれた花と葉)」、「穿红着绿(派手な衣裳を着る)」、「呼红喝绿(多くの人があれやこれやと騒ぐ)」などであり、この他にもたくさんの成語がある。「○红×绿」、「○绿×红」などの「绿」と「」を含む成語は、ことばの働きに法則がある。一つは「春の花と木」を成語の意味に含む。前の3語がその例である。後ろの2語では、鮮やかな花の赤と木々の緑から転じて「複数の色が入り交じる」という意味が成語に含まれる。四字熟語には、「七○八×」、「东○西×」、「○红×绿」といった固定のフレーズがあり、各フレーズには特定の働きがある。成語を憶える際には、丸暗記もいいが、これらフレーズの持つ働きを知っていると、成語の暗記を助けてくれて効率よく憶えられる。

 さて、緑と赤()の対比について見てきたが、ここから考えれば紅に対応する言葉は緑であるといえよう。ならば、「紅一点」に対する言葉は、「緑一点」であり、先程の郵便局員も「緑一点」にするべきだ、というのは、いらぬお節介であろう。なにより、日本語で緑というと、新人のようであり、「唯一の男性職員」の意味にはならないであろう。そう思うと、筆者が瞬時に「唯一の男性職員」を想起した「黒一点」もあなどれない。

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西川芳樹関西大学非常勤講師

投稿者プロフィール

大阪府岸和田市出身。
関西大学文学研究科総合人文学専攻中国文学専修博士課程後期課程所定単位修得退学。
関西大学非常勤講師。
中国古典文学が専門。

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