夏を乗り切れ!東京で食す“四川激辛料理”

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 とにかく暑いのである。今年(2014年)、6月1日、日本で最も暑いといわれる埼玉県 熊谷市が、早くも35度の猛暑日を記録した。こうした暑さは関東だけかと思いきや、「北の国から」でおなじみの北海道 富良野市までもが4日に36度を超え、こちらは観測史上最高気温を記録してしまった。このままでは、今年の夏は、大変なことになりそうだ。そう確信した私は、暑さを乗り切る具体的なノウハウを探り始めた。

困ったら“達人”に聞け
 そこで筆者は、思い切って海外に目を移してみることにした。お隣の国、中国である。中国には俗に“三大火炉(3つのボイラー)”と呼ばれる“暑さ自慢都市”がある。一般的には南京(江蘇省)、武漢(湖北省)、重慶(四川省)のことを指すが、これらの場所では日中の気温が35度を越える日も珍しくなく、40度以上になることもザラだという。「これらの地に住む“達人”に聞けば、暑さを乗り切る特別なノウハウを教えてくれるに違いない」。ちょうど筆者には重慶出身の友人がいたため、さっそく“講師”としてお招きすることにした。

生粋の重慶っ子“ショウちゃん”に聞く 四川料理のうまい店

講師の“ショウちゃん”こと蒋葳さん。背景に写りこんだ山のようなアニ●グッズが微笑ましい、詩情あふれる一枚である。

講師の“ショウちゃん”こと蒋葳さん。背景に写りこんだ山のようなアニ●グッズが微笑ましい、詩情あふれる一枚である。

 現在、都内の大学で日本文学を研究しているショウちゃん。忙しい研究の合間に時間を作っていただき、さっそく「どうすれば暑い夏を乗り切れるのか」という単刀直入な質問をぶつけてみた。すると「辛い物を食べ、滝汗をかけばスッキリするよ」という答えが返ってきた。何とも単純明快である。そこで、東京で本場四川省の味を味わえるというレストランに、連れて行ってもらうことにした。

高田馬場の名店“座・麻婆唐府(ざ・まーぼーどうふ)” オーナーは重慶人

見るからに立派な店構え。全体的に赤を基調とした配色が、いかにも“辛”そう。しかし、ここで怖気づいたら日本男児の名がすたるというものだ

見るからに立派な店構え。全体的に赤を基調とした配色が、いかにも“辛”そう。
しかし、ここで怖気づいたら日本男児の名がすたるというものだ。

 今回、サイトに料理の写真と記事を載せたい旨を、お店側にご相談した。その際担当の方は「大丈夫ですよ~」と気さくに応じてくださった。何度もこの店を訪れているという講師のショウちゃんによると、オーナーも彼女と同郷の重慶人とのことであった。これはいよいよ味に期待が持てる。しいて言うなら、なぜ麻婆豆腐の豆だけを唐としたのか、気にかかるところではあるが、あえて店員に聞く勇気は私にはなかった。金曜夜の書き入れ時である。大人として私は、はやる気持ちをぐっと抑え、食事をオーダーすることにした。(単にハラが減ってただけです。)

“清炒莲藕”――四川料理の神髄は、野菜炒めにあり!
 四川料理と聞いてまず筆者がイメージするのは“赤唐辛子で味付けした辛い料理”である。しかし、テーブルに上がった一品目の料理は、そんな先入観を裏切るものだった。なんと唐辛子を一切使わない野菜炒めだったのだ。「これも四川料理なの?」と尋ねる筆者に、ショウちゃんは「四川料理には辛いイメージがありますが、実は辛くないものも多いんです。私が小学校2年生の時に、母から初めて習ったのは、野菜炒めでした」との驚くべき答えが返ってきた。

レンコンときくらげの炒め物“清炒莲藕”。シンプルな料理だが、四川料理のエッセンスが隠されている

レンコンときくらげの炒め物“清炒莲藕”。
シンプルな料理だが、四川料理のエッセンスが隠されている。

恐る恐る一口目を口にしたところ、舌先に清涼感と、かすかな痺れを感じた。「それは“青花椒”の味ですね」。日本では“花山椒”と呼ばれる、香辛料の一種だ。写真はこちら。

これが、四川料理の味の決め手“青花椒”。噛むとミントをさらに刺激的にしたような清涼感と、痺れが時間差でやってくる。日本の食卓では、まず味わうことのない味だ

これが、四川料理の味の決め手“青花椒”。
噛むとミントをさらに刺激的にしたような清涼感と、痺れが時間差でやってくる。
日本の食卓では、まず味わうことのない味だ。

 独特な香りと清涼感で、体が芯から涼しくなったように感じた。また、痺れによって唾液の分泌が促され、食欲も幾分か増したようだ。
メインの具材である、きくらげとレンコンの相性も抜群。プルプルしたきくらげの食感の間に、サクサクしたレンコンの歯ごたえが楽しい。夢中で食べていると、ショウちゃんが解説してくれた。

プルプルとサクサクという異なる食感で、絶妙の味のハーモニーを奏でるきくらげとレンコンのコンビ。売れっ子漫才師のボケとツッコミのように、絶妙の間で歯ごたえを演出し、お口を楽しませてくれる

プルプルとサクサクという異なる食感で、絶妙の味のハーモニーを奏でるきくらげとレンコンのコンビ。売れっ子漫才師のボケとツッコミのように、絶妙の間で歯ごたえを演出し、お口を楽しませてくれる。

 「具材の選び方もさることながら、実は調理法にも秘密があるんです。野菜炒めは強火を使うことが多いのですが、そのまま炒め続けると高温で野菜の水分が飛びすぎてしまいます。それを防ぐために、水溶き片栗粉を回し入れて、野菜から必要以上に水分が飛ばないようにします。こうした調理法を“勾芡”と呼びます」。

 水溶き片栗粉は、熱を加えるとジェル状に固まる性質がある。野菜にまとわりついた片栗粉は、熱で固まって保護膜のような役目を果たし、野菜から水分が蒸発するのを防ぐ働きをするのだ。適度に水分を保っているため、レンコンのサクサクした歯ごたえが残り、きくらげとの食感のコントラストが一層引き立ったのである。四川料理、恐るべし。まずは、いきなりのカウンターパンチに一本取られた心境である。

“辣子鸡”――食いしん坊が奪い合って食べる鉄板の美味しさ!
次に運ばれてきた料理は、これぞ四川料理、という一品だった。まず、そのビジュアルが強烈である。見渡す限りの赤、赤、赤。赤唐辛子が山のように盛られ、その合間から揚げたての鶏肉が顔をのぞかせている。「食べてみなさいよ。でも、火傷するわよ」。何となく、そんな風にあおられている気さえする。

目が覚めるほどの赤。一瞬たじろぐが、揚げたての鶏肉から立ち上る、スパイシーな香りが食欲を掻き立てる

目が覚めるほどの赤。一瞬たじろぐが、揚げたての鶏肉から立ち上る、
スパイシーな香りが食欲を掻き立てる。

 恐る恐る肉片をつまみ、まずは一口。「うんまい!!」思わず声が出た。辛くはあるものの、見た目ほどではない。ピリッと舌先を刺激する程度だ。サクサクに上がった衣を歯で噛むと、一瞬ふわっとした清涼感が口に広がり、次にじゅわっとした脂が染み出す。清涼感の正体は、あの“青花椒”。四川の人々はこのスパイスを愛してやまないのだろう。肉も弾力があり、ぷりぷりしていて実にうまい。肉の大きさも絶妙で、一口、また一口と、どんどん口に放り込みたくなる。調子に乗って食べていたら、知らぬ間に赤唐辛子のかけらを口に放り込んでしまい、その途端に口の中が大火事に見舞われた。

尋常でない辛さ。肉と同じような大きさのため、がっついていると間違って口に放り込んでしまう。その間は辛さに悶え戦闘不能となるため、他の者が肉にありつける。いわば、皿を囲む者全員に、等しく肉を行きわたらせるための、四川人の知恵である(たぶん)

尋常でない辛さ。肉と同じような大きさのため、がっついていると間違って口に放り込んでしまう。その間は辛さに悶え戦闘不能となるため、他の者が肉にありつける。いわば、皿を囲む者全員に、等しく肉を行きわたらせるための、四川人の知恵である(たぶん)。

 聞けば、さすがの重慶人・ショウちゃんも、唐辛子を単体では食べないそうである。また、唐辛子にもさまざまな種類があり、中でも雲南省産のものは、中国一の激辛さを誇るのだそうだ。一度食べてみたいような、そうでもないような、微妙な気持ちにさせられた。

四川省の女性は“唐辛子のように辛い”?四川人気質を表す慣用表現あれこれ
 ここで少し、四川人気質について触れてみたい。中国では、四川省の女性を、よく“辣妹子”と呼ぶ。このニュアンスをショウちゃんに聞いたところ、「情熱的、性格に棘がある、無防備に近づくと危険、明るい、美人」とのことであった。かくいうショウちゃん自身が“辣妹子”であり、非常に納得した次第である。その場では頷くのみにとどめておいた。
 もう一つ、他の言い方として“泼辣”というものもあるそうだ。溌剌の溌に、辛い、とは、イメージがストレートに伝わる表現である。具体的な表情、話し方、立ち居振る舞いまで目に浮かんできそうだ。
 両方とも、四川料理には欠かせない“唐辛子”にちなんだ言い方なのは面白いね、などと感想を述べたところ、更にショウちゃんから次のような講釈があった。
「中国には古くから“一方水土养一方人”という言葉があります。意訳すると、地域によって異なる気候や地理条件が、その土地に暮らす人々の性格や考え方、生活習慣、食などに影響を及ぼし、独自の文化を形成する、という意味になります。四川省は周りが山で、中央を河川が流れ、常に高温多湿です。そのような土地に暮らす人が、体から湿気を拭い去るために自然と辛い物を食べ続け、厳しい気候にさらされ続けるうちに、結果として、現在のような四川人気質が形成されていったのだと思います。和辻哲郎の風土にも通じる考え方ですね」。
 “辣妹子”の面目躍如。リズミカルに箸を動かし、己の食欲を満たしつつも、知性と教養を迸らせる離れ業。こうして筆者は2発目のカウンターパンチをモロに食らい、くらくらしながら3皿目の登場を待つのであった。

超攻撃的布陣“水煮鱼”――究極の辛さで生命力を呼び覚ませ!
満を持してやってきたのが、この赤一色の深皿であった。まずは、そのビジュアルに括目していただきたい。

見よ、この挑戦的なまでの赤さ!

見よ、この挑戦的なまでの赤さ!

水、豆板醤、あっさり豚骨がベースの混合スープに沈む、魚の切り身

水、豆板醤、あっさり豚骨がベースの混合スープに沈む、魚の切り身。

 さっそく、スープに沈んだ魚の切り身を食べてみた。川魚の“草魚”を調理したものである。“草魚”は、釣り針と餌の代わりに、草を垂らすだけで釣れてしまうほどの食いしん坊な魚だ。個体によっては1メートル以上にも成長する巨大魚である。東京では多摩川など、住宅地に近い河川にも棲息している。ただ日本では、釣って食べようという人はまれだ。味は、川魚特有の臭みなどは全くなく、白身でぷりぷりした食感だった。とてもおいしい。
 この料理には、冒頭の野菜炒めで使われていた調理法“勾芡”が使われている。魚の肉の表面を覆う、衣のようなものがそれである。水で溶いた片栗粉と、卵の白身、そして“青花椒”をはじめとするスパイスを混ぜた溶液に、あらかじめ魚の切り身を浸しておくのだそうだ。そして、絶妙なタイミングで取り出し、一定の時間煮込むと、魚の風味と食感を損なわず、ぷりぷりした状態を保つことができるという。
 それにしても辛い!先ほどの“辣子鸡”に比べ、唐辛子のエキスがスープに溶け出して、具材に浸み込み、うまみとともにギュッと濃縮されているような味である。一口一口、食べるほどに重いボディーブローを食らわされているような感覚を覚えた。
 そんな筆者を、口の端に笑みを浮かべつつ見ていたショウちゃんは、次のように不敵に言い放った。「まだ序の口ですよ、スープの底に沈んでる、野菜を食べてみてください」。

スープの底に沈んでいた野菜たち。見るからに危険な色に染まっている

スープの底に沈んでいた野菜たち。見るからに危険な色に染まっている。

 野菜を口に含むと、魚の切り身以上の辛さが舌にダイレクトに来た。「この辛さ、生命の危機を感じるよ」と思わず呻き、グラスの水をがぶ飲みした。同時に後頭部あたりに冷や汗がにじんだ。
 その時ふっとある考えが脳裏をよぎった。「待てよ…この“盛り込みすぎ”なほどの辛さこそが、暑さを乗り切る秘密なのでは…!つまり、辛さによって“生命の危機”にさらされた体が、“危機にあらがうために活性化”し、様々なリスクに対する“抵抗力がアップ”するのでは…!?」
 この仮説をショウちゃんにぶつけたところ、満足げな笑みが返ってきた。「やっと、そのポイントに気づきましたね…。四川料理は“江湖菜”とも呼ばれます。“江湖”とは、豪快、気前がいい、下町気質といったニュアンスを含むことばです。周囲を山に囲まれ、アップダウンが激しい街並み、時に起こる地震や日照りなどの災害、こうした厳しい環境で暮らしていくには、まず、タフさが必要なのです。そのタフさは、日ごろから自分自身を追い込んで、鍛える中で生まれます。…四川人はそう…体育会系なんです!!」
 ようやく心眼が開いた気がした。四川人の美徳とされる“耿直”、すなわち、まっすぐで情が深く、仁義を重んじるという美風は、自らの生命を危機にさらすほどの辛さをあえて体に取り込み、自らの生命力を活性化する事で、生み出されたものだったのだ。

「暑さから逃げるな、逆に自分を追い込んで、内なる生命力を目覚めさせよ!」
――四川料理の味と、ショウちゃんの的確な解説から、大いなる中華の知恵を学び、晴れ晴れとした気持ちで家路についた、筆者なのであった。(了)

[文・撮影:東(azuma)]

※今回取材にご協力いただいた高田馬場の名店“座・麻婆唐府(ざ・まーぼーどうふ)”の情報はこちらをご覧ください。

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東(azuma)

東(azuma)フリーライター、シナリオ作家

投稿者プロフィール

中華圏を中心に独自の観点からエッセイ、紀行文などを発表中。趣味は旅行、舞台鑑賞

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